埼玉県産の米と、蔵元の敷地内にある地下水で仕込んだ新銘柄

「本当にヤバイですよ(笑)。メチャクチャ、旨いですから」
飄々とした調子で、純米吟醸から純米大吟醸まで、各種が揃う新作「武蔵野」を語る麻原建一社長。
埼玉県毛呂山町で明治の頃から酒を醸す『麻原酒造』の5代目だ。
武蔵野には酒造好適米に埼玉県坂戸産の山田錦を採用した「ブラック」と近年になって県の農林部が開発した、さけ武蔵という名の品種を使う「ホワイト」があり、さらに「スパークリング」もラインアップ。
スパークリングは12度とやや低めのアルコール度数で、スッキリと飲みやすく、炭酸のキレも良好。
米の旨みがじんわり沁みるブラックも、フルーティで爽やかなホワイトも納得の美味しさで、麻原さんが胸を張るのも頷ける。
「やっぱり、その土地でつくった米と、その土地の水で醸さないとダメなんですよね」。
麻原さんはそう言って、今度は静かに微笑んだ。

手を抜かず酒造りに邁進する、若い社員杜氏の奮闘を支援

創業して130年以上の由緒がある麻原酒造だが、酒蔵はピカピカ。
「実は、2011年の春に火災で本蔵を始め、ほとんどが燃えてしまったんです」。
蔵が新しい理由を尋ねると、糸魚川有紀さんは少し寂しそうにそう答えた。
まだ36歳だが、蔵人になって10年、責任者になってから数えても7年のキャリアがある社員杜氏だ。
「ここがかつて、本蔵のあったところ」と彼が指差す一角には古井戸。今は敷地内の別の地下から水を引いているが、この手押しポンプも動かせば、まだ清水が流れ出す。
酒造に関して話を聞くと、キリリと顔が引き締まり、「『さけ武蔵』は埼玉県で初めて誕生した酒造好適米なんですけど、意外と県内でも扱う蔵が少なくて。ウチの酒には合うんですけどね」と明言。
そんな糸魚川さんのことを、麻原さんは買っている。
一に麹、二に酛、三に造りとされる日本酒造りだが、今は酵母が良ければ、ある程度の酒はできてしまうという。
「けれど」と麻原さん。「手を抜かないことが何よりも大切。100%はなかなか難しいですが、手を抜かずにやると決めて真摯に取り組むことが大切なんです。酒は生きていますからね、きっとわかっちゃうんじゃないんですか? 相手が手を抜いているか否か」。
己にも嘘をつかず、道を邁進する糸魚川さんを、だから、麻原さんは信頼しているのだ。

自分に何ができるか。5代目として積み重ねてきたチャレンジ

土地の米と水にこだわり、日本酒を醸す麻原酒造。
糸魚川さんを始め、スタッフは皆、若く溌剌としている。
そんな彼らを率いる麻原さんは稀代のアイデアマンなのだろう。
毛呂山名産の柚子や、隣町の越生が誇る梅でリキュールを造り、ほかにも自社酵母の特性を応用して「日本でトップクラスの甘さだけど、ベタベタしない」純米原酒を発表したり、越生にブリュワリーを開設し、高麗や武蔵野という界隈にまつわる名を付けた地ビールを醸したり。
その背景には地元を思う強い気持ちがあり、さらに言えば旧態然として歴史に胡座をかく、日本酒業界への反骨心もあるのかもしれない。
武蔵野は、そうした麻原さんのチャレンジ精神の賜物ともいえる製品なのだ。
「ブラックの吟醸香はカプロン酸エチルエステルに由来するもので、ホワイトの方は酢酸イソアミル……」。
またしても飄々とした調子で、今度は武蔵野の化学的な寸評を始めた麻原さん。
こうしたユニークな人柄に、若いスタッフも惹かれ、そして、そんな社長のために、今日も旨い酒を醸してやろうという強い信念も生まれるのだろう。