雪深い鞍馬の地で育まれた保存食は、海と山の幸の結晶

京都市街から花脊峠へと抜ける鯖街道の最後の宿場町・鞍馬において、古くは炭問屋をしていた「くらま辻井」。
それが近代化の時代とともに炭の需要が減っていく中、新たな商売を模索し閃いたのが、この地に古くから伝わる家庭の保存食。
「冬は雪深く、交通網は少ない場所。だからこそ発展したのが保存食なんです」とは3代目・辻井浩志さん。
「長く家庭で口にしてきた木の芽煮(きのめだき)や蕗しぐれ、山椒じゃこなどが、実はこの地だからこそ発展した料理と知ったんです」と教えてくれる。
確かに木の芽煮は、昆布は北海道利尻の天然ものと、山椒の葉や実を炊き込んだもの。
鯖街道を通り日本海から運ばれる上質の昆布が、鞍馬の地で山の幸と出合うことで誕生した逸品。
まさに木の芽煮は、船の無い港が産んだ副産物であるのだ。

こんこんと湧出する清冽な水こそが、この地ならではの味わいをプラス

さらに言えば、鞍馬川の伏流水。
こんこんと湧き出るこの水を、煮炊きや仕込みに使うことで、ミネラル豊富な地下水が旨味をプラス。
「水の良し悪しも煮物には重要なんです。京都は水がおいしいといいますが、特に鞍馬の水はいいですね」と辻井さん。
取材当日も、まさに仕込みの真っ最中。
朝の8時に大鍋にたっぷりの水と昆布で出汁を取り、それに濃口、薄口など3種の醤油をブレンドし、山椒の実や葉を炊き込んでいくのだ。
これを5時間~5時間半、絶えず火加減とにらめっこしながら、炊きあげる行程は古来より伝わる製法そのもの。
周囲を深い緑に覆われた鞍馬の地の水と空気、さらには家庭で伝わった保存食の極意が今なお守られることで、唯一無二、最強のごはんのお供は生まれるのだ。

頑なに守り続ける味わいは、職人の長年の勘所も重要に

「山椒じゃこは山椒の葉を入れたほうが風味が際立んですよ。実山椒は濾してから枝を取る。こうすることで枝からもエキスが出る。昆布は小さく刻むことで、口に含んだ瞬間に一体化させるのがポイント」。
辻井さんにおいしさの秘訣を聞けば、たくさんの企業秘密を惜しげも無く教えてくれる。
それはレシピを真似ただけでは到底辿りつけない伝統の味への、絶対の自信の裏返しでもある。
そう、水の量や煮込みの時間に始まり、調味料の配分などは、毎日の天気や湿度などにより微調整。
この長年の感覚こそが「くらま辻井」を支える大本命。
この地だからこそ生まれた保存食を、土地の水で大切に作り、さらにそれを人が伝え守る。
鞍馬という小さな宿場町で生まれた海と山の幸を使った保存食は、やはり唯一無二の味なのだ。