美濃焼の一大生産地で、江戸城本丸御用窯の作品に出会う

古くから陶土に恵まれ、陶磁器の一大産地として知られるのが岐阜県南東部の市之倉。
ここは日本最大の生産量を誇る美濃焼きの中でも精密で高水準の器を生み出す焼き物の郷だ。
町には多くの窯元が点在するのだが、なかでも1804年の開窯より200年に亘り、愛されてきたのが「幸兵衛窯」。
古くは江戸城本丸へ染付食器を納める御用窯であった由緒正しい窯元だ。
さらに2009年、2011年、2015年には日本旅行ガイド「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で二つ星を獲得し、海外からも注目を集める。
「現在は、当主である七代加藤幸兵衛の独自の現代的な作風をはじめ、桃山陶やペルシア陶器といった幅広い作風を展開しています。そして七代幸兵衛の指導のもと、三十余名の熟練職人を擁し、品格ある和食器の制作と販売もしています」とは七代幸兵衛の長男・加藤亮太郎さん。
自身も京都で修業を重ね、陶芸家として活躍。
まさに美濃焼の本場で、第一線で活躍する窯元の作品が今回出店されるのだ。

土地に根ざした焼き物。それこそが若き八代目が追い求める作品

「京都で学び、地元に帰ってきた時にカルチャーショックを受けたのは、土地に根ざした焼き物があったということ」と亮太郎さん。
美濃には良質の土があり、釉薬などの素材がある。
京都から見て実に新鮮であった美濃焼の根幹に心を揺さぶられ、亮太郎さんの作風はその後、志野、瀬戸黒、黄瀬戸、織部といった古くからある桃山陶に傾倒していく。
「中国、朝鮮、日本の古典技法を駆使した五代目、古代ペルシャ陶器の斬新な色彩・幻であったラスター彩を復元した六代目、現在的な感覚を随所に取り入れた七代目と、ウチは皆が己の道を歩んでいるんです。だから一概にこれが幸兵衛窯というものがないんです」と笑う。
鮮やかなペルシャブルーの器と、美濃焼のイメージが結びつかなかった自分も、そんな話を聞きすっと腑に落ちた。
そう、常に挑戦する姿勢こそが、老舗窯元が老舗になりえた所以なのだ。

毎日の暮らしに潤いを与えてくれる。器とは生活の清涼剤なのだ

緑豊かな里山で、静かに土と向き合う。
常に作品や己と対峙するのが陶芸家といくぶん身構えた取材であったが、取材では亮太郎さんが実に詳しく陶芸の世界を教えてくれた。
「今回取り扱わせていただく青釉葡萄文も、青はマイナスに取られがちですが、水などを象徴する透明感だと思っていただければ汎用性がありますよ」。
アイスやデザート、ヨーグルトを盛れば、実に涼しげで食材が引き立つと教えてくれたのだ。
器として食材を盛る。
それこそが本質であり、その喜びを教えてくれるのが、陶芸家。
例えば、鮮やかなペルシャブルーの器が自宅にあるだけで、きっとアナタの心は少しわくわくときめくはずだ。