惜しまぬ手間暇だけが、本当のおいしさを作る

黒豆を炊くために昨年、コンピュータ制御の調理マシンを購入した。
精密なプログラムで作動する最新鋭の機械だ。
「スイッチ押したら寝ててもできあがると思ったんですけど」と見野裕重社長は笑う。
そしてこう続けた。「やっぱり手間と時間をかけないとおいしいものはできませんね」黒豆は、まず艶を出すために鉄と一緒に煮る。
それから蒸して、炊いてから、黒蜜に漬けて沸かす。
その熱が冷めるときに、自然な浸透圧で糖度がじわりと上がるのだ。
さらに沸かし、また冷ます作業を繰り返すこと3回。
砂糖を足しても糖度は上がるが、それだと甘みに角が立つ。
様子を見ながらゆっくり炊いて、ゆっくり冷ますことでペクチンが糖化し、自然な甘さが生まれるのだ。
完成までに丸4日間。柔らかく、コクと旨みがあり、風味も豊か。
いかなる最先端のマシンでも、この味は再現できなかったのだ。
「いま使っているのはタイマーくらい」そんな笑い話のなかに、見野さんの決して揺るがぬ信念も垣間見える。

科学者の視点と職人の熱意。その融合が不可能を可能にする

あるいは胡麻豆腐の話。
本葛と胡麻を使う胡麻豆腐だが、流通のためには熱による殺菌が不可欠。
ところが葛は110度以上では固まらないため、固めるために別途でんぷんを足す必要がある。
しかし今度はでんぷんが、時間とともに劣化し離水してしまう。
つまりこの相反する作用により、作りたての胡麻豆腐の食感を長期持続することは事実上不可能。
それが業界の常識だった。しかし見野社長は諦めなかった。
でんぷんの種類と殺菌温度、時間の無限の組み合わせを、ひとつひとつ試す。
探すのは“流れようとする葛”と“固まろうとするでんぷん”が拮抗するただ一点。
毎晩試作を繰り返しながら、7年の月日が過ぎた。
そしてついに、業界の常識を覆してみせたのだ。
作りたての食感が90日持続する、かつてない胡麻豆腐の完成だ。
科学的根拠を元に試行を繰り返す研究者の顔と、揺るがぬ決意で信じた道を進む職人の顔。
その両方を併せ持つ人物だからこそ、不可能を可能にするのだろう。

ひょんな偶然から世に知られた銘品が、いまや看板商品に

『日乃本食産』は元々、卸会社。
松茸、黒豆、栗などを有馬温泉の旅館やホテルに届けていた。
ところが20年ほど前、某有名料理人がプロデュースする高級弁当に、ここの黒豆が使われた。
自然に糖度を上げる本来の田舎料理という点が評価されたのだろう。
その黒豆は、いまや店の看板商品だ。
さらにそれを契機に、同じコンセプトで仕立てる食品を次々に開発。
現在では80種類ほどのラインナップとなっている。
グラニュー糖を振りかけるのではなく、乾燥により内部の糖分が結晶化するのを待つ甘納豆、丹波栗そのままのおいしさを残す甘露煮、そして極めつけが国内流通量の一万分の1という国産胡麻を使うプレミアムな胡麻豆腐。
「どうせなら誰も真似できないものを」そんな思いを胸に、今日も見野社長の研究は続く。