水上交通の要所として栄えた八百津町で、良質な水で地酒を醸す

木曽川中流域、岐阜県八百津町は、かつて水上交通の要所として栄えた町だ。
ナチスドイツの迫害から数千人のポーランド人を救った外交官・杉原千畝も、この町の出身。
川船が遡ることのできる最終地点にあたり、江戸時代から大正時代までは、人も物資も行き交う賑やかな湊町であったという。
そんな山紫水明の美しい風景が残る八百津の町を歩いてみた。
中心部は今なお古き良き宿場町の面影を随所に残す佇まい。
そんな町の中心部に、木造家屋の「花盛酒造」は佇んでいた。
「古い蔵ですみません」、出迎えてくれたのは5代目にあたる若き蔵元杜氏・可児英二さん。
聞けば35歳の若さで、蔵を継ぎ、長くからの蔵人とふたりで酒を醸しているという。
「川の町ですから。やはり水が命ですね」。
蔵の裏からはおだやかに流れる木曽川が目前。
まさに川の町の老舗酒蔵を訪ねてみた。

この地の軟水を生かす酒造りは、蔵元杜氏であった母の教え

創業は明治20年、まさに八百津の町が物資の流通で賑やかだった時代に生まれた酒蔵だ。
「良質な酒造りは、やっぱり水。この地の軟水がやっぱり欠かせません」。
木曽川水系の地下水を味わうと、実にまろやかで柔らかい水。
長い蔵の歴史では越後杜氏や南部杜氏の時代があり、時代時代で酒の質は良くも悪くも変わってきた。
そして、良質な水を使い、水質にあった酒造りを目指したのが可児さんの母である敦子さん。
「2004年に母が蔵元杜氏となり、この土地だからこそできる酒を目指しました」と可児さん。
頑張りすぎた母が体調を崩したことがきっかけで、可児さんは蔵へ戻る。
「このままやめるわけにはいかないと思ったんです」。
今、目指しているのは、やはり母の背中であり、この土地らしい味の酒。
18号酵母を使い、青りんごにも似たスッとした香りの酒は、丸みのある水とマッチし、実にやさしくおだやかな味わいを楽しませてくれる。

今後がますます楽しみな若き蔵元。ゆくゆくは新たな銘柄にも期待

「今は花盛1銘柄だけですが、ゆくゆくはさらに自分らしいお酒も造れたらと思います」。
やわらかい物腰からは想像もつかないほどの熱さもある。
杜氏同士の寄り合いに積極的に顔を出したり、時間が許せば岐阜県の講習会にも参加。
母の築いた味わいと、昔からの造りを大切に、しっかりと未来も見据えているのだ。
2015年には岐阜県新酒鑑評会「純米の部」で最高位の県知事賞を獲得した。
今では数少ない袋吊りや八重垣搾り機が現役で活躍するなど、決して設備が整っている蔵ではない。
だからこそそれを逆手に取り、この蔵でしか醸せない酒を目指している。
可児さんの生み出す新たな酒は、今後も楽しみに追っていきたい。