北国が誇る酒処、旭川で一世紀以上もの長きに亘って酒を醸す

今は内部の一般見学もでき、一角に直売店も備わった、堂々たる酒蔵は“明治蔵”と呼ばれる歴史的建造物。
竣工した明治42年当時は製造から瓶詰め、貯蔵、販売まで、すべてがこの蔵で行われており、竣工は高砂酒造の前身である小檜山酒造が創業した明治32年のわずか10年後のこと。
それは、旭川の酒造史という観点から見ても、黎明期だったろう。
「かつて瓶詰めをしていた、この空間は今、イベントを行う無料スペースとして開放しています。ジャズや三味線など、音楽ライブもよく催されますし、先日は落語の高座も開かれました」。
柔和な笑顔で語る企画部部長の廣野徹さん。
現在の酒蔵は明治蔵と道を挟んで対峙する昭和4年の築造。
しかし、こちらもなかなかの風格だ。
「旭川は陸軍第七師団があった軍都なんです。鉄筋コンクリートは当時、最先端だったと思いますが、軍のお陰で、その技術がこの蔵にも伝わりました。現存する鉄筋コンクリートの蔵としては全国で三番目に古いと聞いています」。
鉄道も敷かれ、町が発展していく中で、潤沢な水資源と豊富にあった伐採木、稲作の定着なども手伝って旭川は“北海の灘”とまで称せられる酒処として発展していく。
歴史を積み重ねていく中で、その後の“端麗辛口”人気を牽引する、始祖ともいえる酒が高砂酒造より発表された。
それが昭和50年誕生の『国士無双』。

確固たる根幹を維持しながら、今、求められる洗練も加味する

「我々の太い柱。それが国士無双」。そう断言するのは社内杜氏を務める森本良久さん。
道内の大手メーカーで17年にも及ぶ酒造りを経験し、8年ほど前、高砂酒造にやってきた。
「キリッとキレのある辛口という国士無双がこれまで続けてきた酒質、味の基本的なバランスは守りつつ、時代のニーズを汲み取りながら洗練を加味していく。
それが私の役割」。
純米酒や本醸造酒など、特定名称酒だけで8種が揃う国士無双だが、中でも『大吟醸 国士無双』は一連の国士無双シリーズが今年、向かう先を決する「主幹となる一本」。
山田錦を40%まで贅沢に磨き上げ、低温発酵で時間をかけて丁寧に醸した最高峰だ。
「原料に由来する緊張感ある味わいとでも言うのでしょうか。そこが核だと思っています。やはりキーとなる一本ですからね、毎年、一番、悩むし、不安もありますが、そこが楽しくもあり、楽しみでもある」<。br />伝統を守りながら、今も表現する。実直に国士無双を語る森本さんだが、言葉の端々から滲むのは強い使命感。
昨今では、大吟醸を搾ったままボトリングした『大吟醸原酒 国士無双 天慶』、北海道で生まれた酒造好適米・彗星のみで醸した『純米大吟醸酒 国士無双 北海道限定』、「清酒の蔵元だからこそ、できる梅酒」から着想した、日本酒ベースの『国士無双 梅酒』も展開。
着実にファンを増やし続けているのだ。

団結する強い絆があるから今年も、旨い酒を醸すことができる

「ここでしか造れない地酒を醸すこと。人の手で良質な酒を造り、誠実に商うこと」。
これは、高砂酒造が社是に掲げる基本姿勢だ。
そして、この言葉を裏付けるように、畠山敏男社長を始め、廣野さんや森本さん、多くの人がオンリーワンの地酒を醸して誠実に商おうと努力を重ねている。
蔵人として濾過に関わる高野康和さんは水を引く太いホースを手にしながら「力仕事ですからキツいですけど、やりがいはある」と言い、低温貯蔵室でタンクを覗き込み、酒の量をチェックしていた、やはり蔵人の中川良さんも異口同音にやりがいを語る。
分析室には酒の成分分析を黙々と行う石山美子さんの姿があり、そして、営業部であちこち飛び回る吉原裕貴さんには快活な笑顔もあった。
誰もが皆、自身の業務に邁進しながらも同じ方向を目指して歩いている。
高砂酒造と国士無双がオンリーワンと言えるのは、そうした気概が社内全体に満ちているからかもしれない。
「もう10月、今年もいよいよ酒造りが始まります」。
真顔でそう語る森本さんが脳裏に浮かんだ。
酒は人が造る。だからこそ美味しいと心から思えるし、体にも沁みるのだ。
そのことを改めて実感する。