世界に誇る京都の食の伝統を、洋菓子に取り入れる

「フランス菓子の凄さっていうのは、伝統なんです」一見コワモテの洋菓子職人――あえてパティシエではなく職人と呼ばせてもらおう――中村健二郎さんは言う。
「たとえば20年、30年後にフランスの田舎に行ってみても、きっと同じ場所に同じ店があり、同じものを作っている。
それがフランス菓子の凄みです」ならば洋菓子というジャンルでは日本に勝ち目はないか、というとそれは違う。
ここは京都。1200年の歴史を持つ食の中心地だ。
京都には日本中から良い素材が届き、腕の良い料理人が加工技術を磨いてきた。
懐石、和菓子、お茶。世界に誇る京都伝統の味からインスピレーションを得て、独自の菓子に昇華する。
「この町でしかできない、京都ならではの洋菓子」それが『一善や』のスタートラインだった。

ただ和素材を使うのではなく、茶の文化まで取り入れる

実は中村さんは、外資系製薬会社に勤めていた元サラリーマン。
23年前にこの店をはじめたとき、菓子作りの経験はまったくのゼロだった。
ケーキ百科を片手に、唯一知るショートケーキを作る毎日。
「最初は五尺(約150cm)のショーケースから」という控えめなスタートだ。
そんなある日、中村さんは考える。素人が始めるのに、同じことをやっていてはいけない。
そして胸に浮かぶのは、生まれ育った京都の味――原点はお茶だった。
いまでこそ珍しくない抹茶風味の洋菓子にいち早く着手したのだ。
さらにただ抹茶を使用するだけでなく、旬素材の持ち味を活かし料理に込める“茶懐石の文化”までを、洋菓子に落とし込む。
こうして和と洋が高次元で融合した京都の洋菓子が誕生したのだ。

賞味期限を犠牲にして、かつてないジューシー食感を実現

たとえばパウンドケーキはパサついている、という印象の方も多いかもしれない。
水分量を増やすと、劣化が早まるからだ。
流通事情が発展した現在でも、全国に流すにはやはり賞味期限90日は欲しい。
ジューシーな食感か、日持ちか。悩ましい二択だ。
「じゃあ日持ちを諦めよう」しかし中村さんは即決する。
不便をかけてしまうが、バター、蜂蜜、洋酒がたっぷり入るケーキのしっとりジューシーなおいしさを味わって欲しい。
こちらのパウンドケーキは、賞味期限が3週間。
在庫を持たず、注文が入ってから焼き上げて送ることで、少しでも長く味わえるように務める。
毎日仕込み、毎日焼き上げ。そんな手間も、おいしさのためには厭わない。
平均点を目指すのではなく、ある一点、ここぞという場所に心血を注ぐことで、明確な個性を光らせる。
その魂の在り方には、やはり職人という言葉が良く似合う。