広島から旅だった若者が、陶芸の街・益子の名門窯元に弟子入り

紺碧の海に囲まれた尾道市因島、その海沿いに建つ古い家が若き陶芸家・吉野瞬さんの創作の舞台だ。
広島市で生まれ育ち、栃木県益子で陶芸の修業を積み、そして島に移住して土と向き合う。
その変化に満ちたストーリーが色濃く反映された吉野産の作品は、現在では入手困難なほどの人気を集めている。
吉野さんは広島市内の高校を卒業後、益子の窯元である佐久間藤太郎窯四代目・佐久間藤也氏に弟子入り。
8年間の修業で伝統的な作陶技術を身に付ける。
そして巣立ちのとき。親方から「退職金を出せない代わりに好きなだけ作品を焼いて良い」との言葉。
吉野さんは「親方が引くくらい焼きました」と笑うが、そうして焼いた無数の作品が初の個展でなんと完売し、独立への資金となったという。
そして因島に舞台を移し、吉野さんの創作活動が始まった。

あくまでも食器としての使用を願う。その陶器は作品であり、商品でもある

「縁もゆかりもない因島ですが、初めて訪れた瞬間にもう決めていました」
美しい自然に囲まれた島。ここで陶芸をやってみたい。
販売店ではないため、集客よりも創作意欲を重視すればいい。
そんな思いで因島に移った吉野さん。陶芸の街・益子で学んだ技術に島ならではのレシピを加え、独自の道を歩む。
しかし修業時代から決して変わらないものもある。それが、食器としての陶芸だ。
益子という陶器の産地における8年間の修業で学んだのは、民芸品として、つまり生活に根付いた陶器の在り方だ。
「あくまで食器ですから、使いやすさが第一です」そう語る吉野さんに迷いはない。
陶芸家として自らのインスピレーションを土に込めながら、生活の一部としての利便性を追求するのだ。
手に馴染む全体のフォルム、口に当たる部分のなめらかさ、使いやすいサイズ感、どれも計算されつくされた仕上がり。
その完成度の高さから、飲食店からの依頼制作注文も多いという。

作品のサイン代わりとなる美麗なライン、その名も吉野ストライプ

吉野さんにとっての陶器は作品であり、商品でもある。
そのため焼き上がった器にサインを入れることはない。
代わりにひと目で作者がわかるように、として生まれたのが特徴的なストライプの模様だ。
もちろん、ただの縞模様ではない。
曲線部の上でも直線に見えるよう綿密に描かれたライン、シンプルでありつつもスタイリッシュな存在感。一見、黒にも見える色は、因島の海を思わせる深い青を幾重にも塗り重ねたもの。
模様の境目には、その青の片鱗が顔を覗かせている。
釉薬を塗り重ねるため凹凸ができ、滑りにくく手に馴染むのも特徴だ。通称「吉野ストライプ」。
陶芸の街・益子で磨かれ、海に浮かぶ因島で花開いた吉野さんだけの器。年に2~3度開かれる個展でも毎回完売となる名品、手に入れるチャンスはそう多くない。